2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

見てみぬフリ

自己愛性人格障害者の防衛機制というのは、 見てみぬフリの連続です。 自己愛性人格障害者自身、 これはストーカー行為ではない、 これはDVではない、 これは誹謗中傷ではない、 これは・・・ と言い訳だらけになってしまいますが、 当然ですが 脳の障害で…

恩着せがましさ

自己愛性人格障害者の恩着せがましさというのは、 普通の人の恩着せがましい様子とは 少し異なります。 自己愛性人格障害者が誰かに何かをするとき、 あるいは善意のふりをして何かを 施そうとするとき、 自己愛性人格障害者はその物事が 重要であろうとなか…

自分からの評価がすべて

自己愛性人格障害者は、一見他人からの 評価に執着していると思われがちですが、 実際は違います。 もちろん他人が自分に対して 不当な扱いをしていると感じたら その人間を真っ先に攻撃したり、 被害者として振舞うことが多いのですが、 自己愛性人格障害者…

支配と従属

自己愛性人格障害者というのは、 進んで支配をします。 被害者というのは、 進んで従属します。 この人たちは、 これらを総称して「愛」と呼んでいます。 こう表現すると自己愛性人格障害者も 被害者もどちらも異常のように感じますが、 被害者も最初は自ら …

モラハラ=防衛機制のオンパレード

モラハラとは何か?と考えるとき、 「自己愛性人格障害者の起こす、防衛機制のオンパレード」 と考えると分かりやすいかと思います。 いちいち、 「これってモラハラに当てはまりますか?」 という考え方でモラハラを捉える必要はないのです。 モラルハラス…

立ち直れないのも「お前のせい」

被害者というのは 自己愛性人格障害者の 「モラハラを治す」のに躍起になりがちです。 そもそも「モラハラ」というのは 自己愛性人格障害者が生き延びていくのに 必要な防衛機制なので、 治すものではないのですが、 被害者はとにかくモラハラさえ治れば こ…

モラルハラスメントをする人にモラルを語る資格はない

モラハラをされる側というのは、 総じて自分がない傾向にあります。 自己愛性人格障害者も それ以上に自分がなさすぎて 他人の考えと自分の考えの区別さえ つかないほど精神が破綻寸前になり、 精神障害に分類されるまでのレベルに なっている人たちなのです…

人格障害ということにこだわらなくていい

自分が被害者であるかどうか? という事を気にしている人に 何度もしつこいくらいに 声を大にして言いたいのは、 自分は自己愛性人格障害の ターゲットになっているから 別れたほうがいいとか、 相手は人格障害などではないなら 自分が悪いということだから …

自覚のなさの特徴

たとえば、 あなたが誰かに メールを数度送ったとします。 普通、気になっている相手や 大事な相手であれば 「この時間帯に送って大丈夫なのか」 「この内容で問題はないか、 相手を傷つける言葉は使っていないか」 そういう要素が入っていないか? 必要以上…

自己愛性人格障害者の万能感とは

自己愛性人格障害者の万能感とは、 すなわち「思い通りにならないという現実の ストレスを回避するためのもの」 です。 人生は思い通りにならないというのは 誰しもが感覚的に理解しているものです。 明日の天気さえ、思い通りにはなりません。 決めた献立を…

病気だと大騒ぎする

自己愛性人格障害者はよく 被害者のふりをしますが、 被害者のふりをするときに よく使うのが仮病です。 その中には高熱がある、 風邪引いた、 自分はうつ病かも知れない、 ストレスで過労死してしまうぞ…。 と色々とバリエーション豊富かも しれませんが、 …

モラハラは、ただのシステム

モラルハラスメントは、 自己愛性人格障害者が 意図的に行っているものではありません。 むしろ、 彼らは「仕方なく、そうなっただけだ」 という弁解を繰り返すでしょう。 それはあながち間違ってはいないのです。 自己愛性人格障害者というのは 「自分が損…

被愛妄想

被愛妄想、という言葉があります。 妄想というのはいわゆる「事実として無い」ものを、 まるで「事実として存在する」と確信して 疑わない、 という思考です。 誰かにつきまとわれている、 という訴えがあっても そもそも周りにそんな人間が うろついている…

「どうせ嫌いなんでしょ」

自己愛性人格障害者は、 たまに「どうせいなくなればいいとか 思っているんだろ」 「どうせ嫌いで憎いんだろ」 という言葉を被害者に対して向けることがあります。 しかし自己愛性人格障害者は、 他人が自分に対して 「いなくなってもいいという評価」を下し…

健全な自己愛とは

自己愛、とはどういうものでしょうか。 自己愛というのは病的であり 危険なものなのでしょうか。 必ずしもそうとは限りません。 人というのは、 発達段階において自分に対する意識だけを 向けなくてはならない時期があります。 これこそが自己愛の段階ですね…

現実との乖離

自己愛性人格障害者というのは 現実を見ることができませんし、 事実をそのまま捉えることが出来ません。 相手が、自分のために働くことが出来ないというのは 相手が相手の人生を歩まなくてはならないからであり、 自己愛性人格障害者自身が自分の人生の尻拭…

自己愛的怒りとは

自己愛性人格障害者は 度々不機嫌になり、キレ、 人を罵倒し続けることがあります。 これは「自己愛的怒り」「自己愛憤怒」と呼ばれるもので、 自己愛性人格障害者の自己が危機に 晒されようとしたときに起きるものです。 もちろん、誰しも自分の尊厳が危ぶ…

いちいち燃料を投下しないことがコツ

自己愛性人格障害者というのは 燃料があればあるほど燃え上がります。 普通の人というのは、 燃料があろうとなかろうと、 ある程度燃えると人間の限界というものが ありますから、 途中であきらめがちです。 「戦い続ける」というのは それだけ強い精神力と …

本当の意味で恥知らず

恥、というものは 恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心、 そして世の中に対して名目・名誉を失うこと、 と定義されています。 自己愛性人格障害者というのは、 この恥というものを感じることが難しい 状態にあります。 なぜかというと、 自我が危機…

損得勘定

自己愛性人格障害者というのは 損得勘定に囚われる傾向にあります。 自己愛性人格障害者というのは 自ら自己愛を充足させて生きていかなくては なりませんから、 自分にとっての明らかな損は避けたいわけです。 この損得勘定というのは 厄介なもので、 経済…

モラハラが洗脳と呼ばれる理由

モラハラやDVは、必ず 「なぜ逃げないの?」 「逃げない被害者にも原因がある」 という意見が述べられることが多いです。 その意見により、被害者はさらに追い詰められる羽目になります。 しかし、その意見も至極全うなのです。 なぜ逃げないの? というのは…

含めて自分だけが特別である

たとえば、 自己愛性人格障害者がSNS上で 誰かを気に入ったとしましょう。 その人物に自分からメッセージを送り、 返信が来ると、 その一文一文が特別なもののように感じます。 相手はただ不特定多数の一人としてしか見ておらず、 メッセージが来たから返…

モラハラ夫のモラハラが治りました!というサイト

被害者というのは、 藁をもつかむ思いでこういうサイトをめぐっていると 思います。 ところが、 被害者が本来欲している情報というのは このブログに書いてある情報ではないはずです。 「モラハラ加害者は、 こうしたら治ります」 「こういう手法をとったら…

自分はいつでも公明正大

自己愛性人格障害者は堂々としています。 それは隠し事もなにもないかのように、 自分にはやましい事など何もないかのように。 そして、自分の考えが一番正しいのだという 考えから頭が離れません。 自己愛性人格障害者がここまで自分にはやましいことはない…

八つ当たりは大の得意

自己愛性人格障害者にとって、 八つ当たりというのは日常茶飯事です。 なぜなら、 八つ当たりというのも防衛機制の一つだからですね。 八つ当たりとは、 「腹を立てて、まったく関係のない人にまで 文句を言ったり攻撃したり、当り散らすこと」 ですね。 た…

人の思考を操作しようとする

自己愛性人格障害者というのは 精神疾患の少し手前、というような 精神状態になるのですが、 精神疾患というのは いわゆる統合失調症とかが代表的になるのですが、 そういう疾患まで至ると 「思考を抜き取られた」とか 「誰かが頭の中を覗き見ている」とか …

はい、それがDVです

DVというのは、 ハネムーン期、緊張期、爆発期、 というものがあります。 この特徴を持つがまさに DVなのですが、 このように字面で読むとちょっと 簡略化しすぎてて把握しづらいのも 欠点です。 自分の恋人、 配偶者はこれとは違う。 DVではない。 だって、…

なぜ、モラハラで傷つくのか

ターゲットというのは、 自己愛性人格障害者の モラハラで傷いていると思っていますが、 なぜ、モラハラで傷つくのでしょうか。 人は誰しも、 「モラル」があるからです。 そしてそのモラルを、 時には自分の欲求や幸福よりも 優先させることがあるからです…

どこまでも我慢する被害者

自己愛性人格障害者の ターゲットになるひとというのは、 我慢が得意です。 ひたすら堪え忍ぶことが 事態を打開する道だと 信じている人さえいます。 自己愛性人格障害者と絶縁する手間よりも、 家出を画策するよりも、 そっちの方が被害者にとっては ましだ…

脅迫に屈しないために

このブログでは幾度となくお伝えしてきているのですが、 自己愛性人格障害者が脅迫という手段を使うのは、 もはやセオリーです。 もちろん、恫喝と呼べるような 脅迫をすることもありますが、 そこに至るまでは 「パートナーとして、それでいいの?」 「いち…