自分はいつでも公明正大

自己愛性人格障害者は堂々としています。

それは隠し事もなにもないかのように、

自分にはやましい事など何もないかのように。

 

そして、自分の考えが一番正しいのだという

考えから頭が離れません。

 

自己愛性人格障害者がここまで自分にはやましいことはない、

と思えるのは、

ターゲットや他者がいてくれるからです。

特にターゲットだと身近にいて

距離もかなり近く、

自分の悪意を投影できます。

 

もちろん第三者だろうと

世間全般だろうと、

自己愛性人格障害者の手にかかれば

「みんな愚鈍で、みんな邪な考えを持っていて、

こっちの足を引っ張ることしか能のないやつ、

特別な才能もないし機転も利かない」

ということになってしまいますが、

 

ターゲットは特に

比較対象になりやすいですから、

ターゲットが少しでも自分の意見にあわないような

事を言い出すと、

「謀反だ!」といわんばかりに

猛攻撃しはじめます。

 

つまり、自分が誰を攻撃しても

特別な理由があるからいいのだ、

ということにしたいので、

その理由づけにはものすごく必死になるわけです。

 

理由があるから攻撃するわけではありません。

攻撃したいからそれらしい理由に飛びつくか、

それらしい理由を無理やり捏造するのです。

 

それらがあるからこそ、

自分は「仕方なく」攻撃したのだ、

それらをやらかすお前らだからこそ、

自分は「愛情から」躾てやろうとしているのだ、

と。

 

たとえ自分がこれ以上ないくらいの

侮蔑をしたとしても、

どれだけ長期間痛めつけてやったとしても、

そのために被害者がボロボロになったとしても、

 

それは自分の責任ではなく、

そういうことをさせた相手が悪いのだ、

それは自分が正義だからで、

その事実はいつでも変わらない・・・

という自分だけの軸から離れることはできないのです。