自己愛性人格障害者の話の通じなさの一例

自己愛性人格障害者と接した人は

すぐ分かると思うのですが、

自己愛性人格障害者は話し合いもできませんし、

話し合いしたいことほど

まったく被害者の話を聞いていません。

 

それは、

自己愛性人格障害者が「話題をずらす」からです。

 

たとえば被害者が自己愛性人格障害者の

モラルハラスメントに耐えかねて、

同居していた家を出ていったとしましょう。

 

自己愛性人格障害者は、最初のうちは

こう言うことが多いでしょう。

「ごめんなさい。

自分が悪かった。自分がしたことは本当に

許されないことだ。あなたが出ていったのも

無理はない。自分のことが怖かったら

一時的にでも出ていくから、その間に

荷物でもなんでも持っていっていいよ、

本当に申し訳なかった。

がんばるからもう一度チャンスが欲しい。

別れたくはない」

 

一見、反省しているように感じます、

というかそのようにしか感じないでしょう。

猛省しているようにも見えますね。

 

ところが、被害者が「あなたが治るかどうかも

わからないからそちらに戻るのは難しいです。

別れましょう」

としきりに訴えたとしましょう。

しかし自己愛性人格障害者は、

「がんばろうと思っていたけど、

そういう先の見えない答えならがんばれない。

がんばっても意味がないから。もう疲れた。

けど別れるつもりはないから」

「とりあえず一回今度のことを話そう。

この付き合いをどうするかという話はそれからかな」

としきりに訴えることがあります。

 

自己愛性人格障害者は

もう一緒になれない、なりたくないと

被害者が思っているその感情自体を理解できませんし、

出来てしまったら自分の非を本当に

認めてしまうことになります。

 

ですから、

別れという答えを被害者が出していることを

「無視」します。

自己愛性人格障害者はそもそも別れるつもりはないから

ですね。

そして論点をずらすのです。

つまり、自分ががんばらないから悪いのではない。

がんばろうと思っているのに、

被害者がそういうことを言うせいで

がんばれないのだ、と。

 

つまり、被害者が別れを口にすること自体が

悪いのだといいたいのです。

そしてそれは、別れないという答えを出すなら

がんばるよ、という脅迫に過ぎません。

 

がんばれない自分が悪い、なんてことは

微塵も考えていません。

 

そして相手の「別れたい」という気持ちは

まるで無視し、自分ひとりでも付き合いが

続くかのような言い方さえします。

 

ですから被害者がいくら「別れたい」と言っても

「今後のことを話してからね」と

別れるのに今後のことを話すとは矛盾しているのでは?

というような摩訶不思議な言い訳で

被害者をつなぎとめようとします。