自分の育児は完璧だ

自己愛性人格障害者の育児に対する考えかたとして、

「自分の育児が絶対に正しい」

「自分は完璧な父親(母親)で

こどもから間違いなく愛され尊敬されている」

と思い込んでいることが特徴です。

 

自己愛性人格障害者とターゲットの間にもし

子供がいるとすれば、

意見がぶつかりあうだけでなく、

被害者こそが頭がおかしく、

家事も育児もろくにせず、

おかしな考えで子育てしようとしている

愚かな人間・・・という風に

仕立て上げられるでしょう。

 

そのように吹聴される場合もあるでしょう。

自己愛性人格障害者のモラルハラスメントで、

被害者が疲弊してどんどん弱っていって

何もできなくなってしまったなら、

それこそ自己愛性人格障害者の思う壺です。

 

弱っていった被害者を見て

自分の考えを改めよう、などとはしません。

被害者が弱れば弱るほど、

被害者は堕落してしまって育児を

何一つしない、というふうに判断します。

 

そして子供に対しても、

自分自身が育児をしていれば

絶対に愛情が注げると信じ込んでいます。

育児にある数多くの迷いも、

自己愛性人格障害者自身は感じ取ることが

できませんし、

こどもにたいして遠慮したり

などもしません。

 

そしてこどもというのは自分の所有物と

同じくらいに考えていますから、

ターゲットと同じように

自分の手元において自分の思い通りに

動かしたい、そういう風に考えています。

それが愛情だと思い込んでいますが、

実際は愛情ではなくターゲットに向ける

支配欲とまったく同じことです。

 

こどもがそれをうっとうしく思っても、

自己愛性人格障害者に対して変な人間だと

軽蔑していても、

自己愛性人格障害者は気づきません。

もしこどもが自分自身に反抗するようなら、

こどもの成長だとも思いません。

 

こどもの成長だ、と思う余裕がないからです。

自分に反抗してきたら、

こどもの育児がなっていないとターゲットを

攻撃するか、

こども自体が間違っていると徹底的に

「しつける」か、どちらかです。

 

とにかく自分の育児は完璧だと

考えている自己愛性人格障害者ですが、

自己愛性人格障害者に完全に育児を任せて

しまっているとこどもも自己愛性人格障害者に

なることは間違いありません。

 

自己愛性人格障害者はこどもにさえ責任を

負わせ、恥という概念をひたすらに植えつけようとする

のですから、

 

こどもがその責任を負えるはずがないのです。

 

そのこどもは間違いなく重圧に

潰され、恥の概念だけが残り、

恥だらけの自分を救うために

自分だけを守って生きていかなくてはならず、

そこから新たな自己愛性人格障害者が

生まれてゆくのですから。