自己愛性人格障害者の優しさ

自己愛性人格障害者が、

被害者に「いつでも見守っているよ」

と伝えたとしましょう。

 

自己愛性人格障害者は、

それだけでいつでも見守っている

「気分」になります。

 

それどころか、

被害者の安否をいつでも心配している

心優しい人間であるという

気分にもなれます。

 

そして、

その言葉を投げかけただけで、

それは事実だということになってしまいます。

 

別に自己愛性人格障害者が

被害者のことなどどうでもよくても、

恨みしかなくても、

自分は相手をいつでも想っている優しい人間であり

それは事実である、

という考えが固着します。

 

優しい言葉をかけるだけでいいのです。

 

たとえば嫌いなものがあったとき、

「これ、あなた好きでしょ。あげるよ」

と、「あなたが好きだから

気を遣ってあなたにあげるのだよ、感謝してね」

という形でしか相手に優しくすることが出来ません。

 

別に自分もそれを好きだったら、

そういう行動は起こさないわけです。

 

これだけでも、

「他人に気遣える優しい自分」

ということになります。

 

ただ自分が嫌いだから相手に

押し付けただけでもです。

 

「自分がついていってあげるよ」

そういうこともあるでしょう。

このときも、いつでも相手を心配している

自分を演じています。

 

本当は、自分のターゲットが悪いことをしていないか、

いったいどこに行き何をしているかを

監視するためについてきただけなのに、

「あなたのために」という言葉を乱用して

まるで優しさゆえにその行動をとっていますよ、

といわんばかりの態度をとるのです。