正義を使った暴力

自己愛性人格障害者というのは、

言葉の暴力や物理的な暴力を

好みます。

 

好みますが、

それを好んでいるということは

認めません。

 

それが自己愛性人格障害者というものです。

 

自分が暴力を振るおうと、

それは自分のせいではありません。

 

自分が暴力を振るうのは正当な理由で

正義であり、

悪である相手を成敗するためのものです。

 

自分の暴言も暴言ではありません。

 

自分の暴言は相手を説くための強い愛情の

裏返しの言葉であり、

いつまで経ってもだらしない相手に

社会の厳しさをしっかりと分からせるための

ものです。

 

自己愛性人格障害者にとって、

暴言や暴力というのは

それをふるった結果

どういう事態を招いたとしても、

そこから変わりません。

 

悪いのは自分ではなく、

そうさせた相手なのです。

 

そして、正義さえあれば

自分は何をしてもいいと思っています。

 

ですから自己愛性人格障害者というのは

被害的な妄想に囚われることが

多いのです。

 

無理やりなこじつけでも、

自己愛性人格障害者にとって

有効な材料ならば

自分が被害者で相手が悪だ、

ということにしてしまいます。

 

浮気だ不倫だ、と確たる証拠もないまま

捏造することもできるのです。

 

それは自己愛性人格障害者の中だけで

そう思い込めればいいだけです。

第三者が信じようと信じまいと

彼らの中だけで真実になればそれで

いいのですから。

 

正義という名目ならば、

愛情ゆえにという名分ならば

なんでも許されると思っているという

事実があります。