自己愛の強さと自己肯定感の強さは全く違う

自己愛に片寄る、というのは、

自分を愛することに執着する、

という意味合いになります。

 

つまり、

自分は万能であると考えたり、

そのために本来の能力よりも遥かな

英知を備えていて

価値のある存在である、

というような極端な自己評価を下し、

それに酔いしれるということです。

 

自己愛に拘るということはそういうことです。

 

人間は大体がこれらの自己愛の段階を

踏んで、

バランスのよい「自分への評価、愛情」を育み、

 

自己肯定感というものが芽生えてゆき、

他者愛へと進みます。

 

そういう自己愛の段階を過ぎたものが、

他者愛へ移行できるのです。

 

ですからバランスがとれず、

自己愛にばかり拘るとか

自己愛が強すぎるということは

 

自己肯定感が低く、

「良い自分でなければ

生きる価値がない」

という考えに支配されるということとイコールであり、

 

自分も他者も

愛せないという意味になります。

 

素晴らしい、完璧な、

よい自分でなくなりそうな瞬間を

排除しながら生きていかなくてはなりません。

 

 

自己肯定感というのは

いい自分も悪い自分も、

自分でありそれでいいという

統合された感情であり、

 

よい自分でなければ価値がないとか

排除するべきという考えは

どこにもありません。

 

よって、自己愛と自己肯定感というものは

全く別物なのです。