自己愛性人格障害は、防衛機制に支配されている状態

自己愛性人格障害というのは、

「自分が大好きになってしまう障害」

ではありません。

 

人格障害なのですから、

本来、人が持つ個々の人格が

何かにとって代わられる、

ということになります。

 

ですから自己愛性人格障害者というのは、

大体おんなじ傾向の言動を繰り返し、

大体おんなじ危機回避の手立てを選び、

大体おんなじような攻撃をします。

 

なぜなら、

人格形成がなされないせいで

「自己愛にこだわる」

ということでしか自分を保てない、

しかしそういう方法で自分を保つしか

生きていく術がないからです。

 

その自分を保てる唯一の方法が

「防衛機制をフルに使う」

ということになります。

 

個性豊かな人格が顔を出すよりも防衛機制が

働く機会が多すぎるので、

同じようなパターンの言動をとりやすいのです。

 

 

「他人に責任転嫁するなんてひどい!」

「環境のせいにするなんて!」

という声も聞こえてきそうですが、

責任転嫁しない人間はいませんし

環境のせいにしない人間もいません。

 

防衛機制というのは、

誰しもに備わっている

「平穏に生きるための心の盾」であり、

必要不可欠なものです。

 

誰かが大学受験に落ちたとしましょう。

 

親が受験にかけたお金が無駄になりました。

周りからの期待にも応えられない結果と

なりました。

大学に入ってからの計画もすべてパアです。

 

それは事実ですね。

 

けれども、

「まぁ、来年があるし」

「親もまだ経済的に余裕があるし」

「別に他人のために受験するわけじゃないし」

「ちゃんと勉強時間がとれなかったせいだし」

「成績のよかったあいつも落ちたし」

「というかプレッシャーをかけられすぎた

せいだし、

余計な口を挟ませないようにしよう」

…という、防衛機制を働かせた方が、

心の平穏は保てるということになります。

 

これが働かないと、大学受験で落ちた人の

数だけ思い切り心にダメージを受ける人が

増え、

すぐに死にたくなってしまったり

心が壊れてしまうでしょう。

 

しかし、

防衛機制と人格のバランスが

とれていない状態だと、

「親のせいだ」

「そもそも自分は大学受験なんか

したくなかった」

「あんな大学はクソだ」

「あんな大学に通っている馬鹿も

信じられない」

「余計な時間と労力をとられた、

運営陣を一生恨んでやる」

「前日にあんな邪魔をされたからだ、

絶対許せない」

といつまで経っても強い被害者意識から

抜けだせなくなってしまいます。

 

しかもお門違いなことまで

いい始めるのが彼らの特徴ですから、

聞いているとあまりに無理矢理な

こじつけであることが多いでしょう。

 

自己愛性人格障害者は、

防衛機制に思考、思想、言動、感情など

あらゆる場面で支配されてしまう

傀儡になってしまう障害、

ということにもなります。